新卒に銀行に就職して、2年で辞めた僕が感じること

雑記

以前、ちきりんさんのVoicyで自分の経験談は自分が思っている以上に価値がある、という話をされており、であれば僕の転職人生も何かしら役に立つこともあろうと思って書いてみる。

ちなみに僕は現在30代。今から約10年ほど前に銀行に新卒で入社、ではなく入行した。そこから色々な職業を経て、今は大手の会社でWebマーケの職に就いている。

なぜ銀行を志望したのか

結論からいうと、これまで様々な職を経験してきたが、そのどれと比較しても銀行には入らなければよかった、と思っている。それはおそらく人によって感じ方が違うのだろうが、少なくとも僕は今でもそう思っている。

そもそもなぜ銀行を志望したのか。学生のころの僕は、Webエンジニアか金融にいくかで迷っていた。両極端にも見えるこの志望先だけど、Webエンジニアは単純にパソコンを触るのが好きだったから。当時は今みたいにエンジニアが持て囃される前の時代だったので、今であれば間違いなくエンジニアになっていたと思う。

学生の頃の僕はど文系の学部だったのだけど、もともとパソコンが好きなオタク気質で、自分でWebサイトを立ち上げたり、Flashで作品を作ったり、RPGツクールでオリジナルのゲームを作ったりしていた。今思えば、これらの経験は今でも活きているし、趣味としてでもパソコンに触っておいてよかったと思っている。

だが一方で、周りの友人がこぞって金融系にいくような学部だったので、エンジニアとして世界を狭めるよりは、銀行に入って営業として色んな人と関わり、人脈を広げることにも興味を持っていた。

特に新卒という立場上、世界を広げるという価値を過大評価していたのかもしれない。結果として、両方の職種で内定をもらったけれど、僕は銀行を選んだ。

新卒配属の日々

数人の同期とともに、僕はどちらかというとビジネス街に近い店舗に配属された。最初は女性たちとともに窓口業務(店舗における預金周り、口座開設、公共料金の処理とか、金融商品の販売を行う)。今思えば、女性は窓口で店舗対応、男性は外でどさ回りと性別によって仕事がはっきりと分かれている世界だったなあと思う。

10年も前になるが、先輩から入行早々、「銀行は斜陽産業だからね」と言われたのを覚えている。なんというか、どこか達観したような目をした先輩だったけど、何も新卒相手にそんなことを早々に言わなくてもよかったのでは、とも思う。

窓口業務では、いわゆるお局さんがいて、非常に癖の強い人物だったのだけど、なんだかんだ可愛がってもらっていたように思う。この業界は上下関係が非常に厳しく、特に銀行というお金を扱う職業柄、ピリピリした雰囲気で仕事をするのはある意味当然なのだろう。

締めの作業で1円でも合わなければ、支店総出で探し回る。また、各所との連携用の書類に印鑑を押すのだが、少し横を向いて押してしまうことがあればひどくしかられた。銀行員たるもの、印鑑を綺麗に推せることは必須スキルだったのだ。

まあしかし、言うても店舗業務はノルマがあってないようなものなので、まだ気楽と言えば気楽だったように思う。

どさ回り舞台へ。営業という名の地獄

窓口業務は男性総合職にとっては研修みたいなもので、一定期間経つと男の先輩たちで構成される営業部隊に配属になった。

当時自転車で営業をするのだけど、毎週月曜の朝は、先輩たちの自転車の空気を入れるのが仕事だった。

営業はというと、かなりきつかったが思えば先輩たちは本当に大変だったのだろうと思う。僕はまだ歴が浅いので、融資というよりは金融商品の販売とか、個人客相手の仕事だったからだ。

それでも、リーマンショックの直後だったこともあり、投資商品なんて売れるはずもなかった。お得意さんで、いつも金融商品を買ってもらい、損をさせているお客さんがいた。これも今思えばだが、ひどい話だと思う。

そのお客さんはとある会社のオーナーだったが、あるとき番犬のような強面の側近とやりとりをしたとき、名刺の渡し方が気に入らなかったらしくて逆鱗に触れたことがある。そのときに、「俺は銀行員が心の底から嫌いなんだよ!!」と、目の前でドラマみたいにブチ切れられたのは良い思い出である。

また別のあるとき、とにかく順番に飛び込み営業をするという仕事をしていたのだが、そのときのオーナーに「金貸してくれねぇんだろ!銀行はなあ!雨が降ったときに傘を取り上げるからなあ!」と罵倒されたことがあった。ハゲタカのドラマでこんなシーンなかったっけ。

まあしかし、お客さんに怒鳴られような何をしようが、まだマシだった。地獄は支店の中だったからだ。ある意味、こうした仕事を何年も続けてきている先輩たちだ。面構えが違う。

スレてしまっているのか、正直まともな先輩がいなかった。割とよくプライベートの時間を潰されるイベントがあったのだが、LINEの連絡先などは結局最後まで教えてもらえなかった。「は?なんでお前にプライベートな連絡先を教えないといけないわけ」と真顔で言われたときは、悲しみというより普通に驚いた。

みなさん、やはりメンタルが強靭であった。営業のエースであった先輩は、「客にはなあ、生かさず殺さずの金利で貸すのが重要なのよ。つかず離れず。要は俺たちは金貸しなんだからよ」。まさにそれが銀行のビジネスモデルであり、客が儲かろうが何をしようが、銀行は貸した金で利益を得られるかどうかが一番重要なのである。

なので、お客さんのためにーとか言っている人はやっていけない。その先輩は優秀だった。どこか頭のネジが外れている人ほど優秀だったように思う。

支店長で店は変わる

よく銀行のドラマでもあるけれど、支店がどういう支店になるかは、ボスである支店長によって大きく異なる。

たしか2年目になったある日、それまで穏やかで人格者だった支店長から、鬼軍曹の支店長に変わった。いや、鬼軍曹というより暴君である。

どこの銀行もそうだと思うけど、当たってはいけない支店長リストみたいなのがあって、今回赴任してきた支店長はまさにその人だった。

最初は穏やかな感じだったけれど、徐々に本性を表し始め、支店は地獄と化した。とにかく、できない人に対する当たりがやばい。朝、営業のミーティングがあるのだけど、各人目標に対してはだいたい未達だった。毎回、目標はありえないくらい高いのだ。

そして、達成できていないとゴリゴリに詰められる。途中で僕のいる支店に異動になってきた先輩は、非常に優しい人で、まだ子どもも生まれたばかりだったと記憶しているが、配属されてから数ヶ月でメンタルを病んでしまった。「線路に飛び込んだら楽なんだけどね。」とか言われたときには、真っ青になった。

僕も、まだ若手だったからそこまで当たりは強くなかったのだけど、書類を投げつけられるのは日常茶飯事であった。「ふざけんなコノヤロー!!」という罵声つきだったと思う。

今思えば、目標が達成できないときにゴリゴリに詰める社風だった。でも、今いる会社もそうだけど、ちゃんとしてる会社は達成できるにはどうするか、プロセスを議論する。

ここをこうしたら上手くいくんじゃないか。ここが課題なら、別の切り口から考えてみたらどうだろう、とかをアドバイスしてくれる上司がいるものだが、僕がいた銀行はそんなものはなかった。「契約取れるまで帰ってくんな!」を地でいくバトルタイプ向けの職場だったのである。

プライベートな時間も潰れる

銀行で何が嫌だったかというと、飲みニケーションである。飲みにケーションも色々あると思っていて、上司の愚痴をひたすら聞くとか、役に立たないバカ騒ぎを毎回するとか、そんなものであれば、当然若手は嫌になるだろう。

一方で、普段できない話ができたり、その人の知らない一面をみれたり、仕事のアドバイスをもらったりと、有益な飲み会も存在すると思う。しかし、銀行ではもちろん前者だった。

僕はあまりにも飲み会が嫌すぎて、毎回飲み会が開かれそうな雰囲気になると、先に支店を出るようにした。が、声をかけられてしまうといかざるを得ない。

上下関係が厳しい会社では、若手は基本的に酒も飲めないし、飯も食えない。なぜなら注文役に回るからだ。しかも、注文の品もみんなの好みやタイミングにあったものを頼まねばならず、ゆっくり喋る暇なぞない。

場が静まると、「オイ!面白いことやれ!」と無理な指令が飛んでくる。そして、飲み代もしっかりと取られるのである。ちなみに、銀行以外でこんなに理不尽な飲み会は経験したことがない。

おまけに休日は、潰しのきかない資格の勉強や、通信制の勉強をしなくてはいけない。プライベートもしっかり持っていかれるのである。

そして退職へ

そんな生活を2年続け、毎日のストレスで正直体がおかしくなりかけていた。普通に笑えないし、常に胃痛がする状態。

同期はどんどん辞めていき、ついに僕も仕事に意義を見いだせなくなり、辞めることにした。支店長に辞める旨を伝えたところ、「お前なんかどこにいっても活躍できないから考え直せ」と言われた。転職する際の上司の常套句である。まともな思考があれば、こんなことを言う職場は一刻も早く去らなくてはいけない。

それでも辞める意思を伝え、退職することになった。あとから聞いたところによると、暴君だった支店長は、支店の誰かの内部告発で閑職に飛ばされたらしい。どうやらセクハラもしていたようだった。

こうして、僕の銀行員としてのキャリアは幕を閉じた。

まとめ

こうやって書いてみると、なかなか新鮮な感覚になりますね。もちろん、銀行の仕事に意義を感じている人もいるだろうし、僕自身も銀行の花形である法人営業をまともにやらずに辞めてしまったので、銀行員として、というには無理があるかもしれません。

しかし、今いる会社の新卒の子などをみていると、本当に自分の新卒の頃と違い、まともな環境でまともな教育を受け、バリバリ実務をこなしています。

彼らはここで数年働いて成果を出していけば、おそらく国内の企業であればどこに行ってもやっていけるであろう経歴とスキルを手に入れることができるんじゃないかと思います。

それくらい、企業や業界によって環境は異なるのだな、と痛感しました。今は今でヒーヒー言いながらなんとかついていっている状況ですが、新卒のみなさんはしっかりと考えて、僕のように安易に社会人としての一歩を踏み出してしまうと、あとで苦労するよ、というお話でした。

もし反響があれば、他の経歴も書きたいと思います。ではでは。

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